June 24, 2011

2011年03月03日 (木)
視点・論点 「児童虐待防止・親権停止へ」

弁護士 磯谷文明

 昨年も、虐待によって子どもが命を落とすという痛ましい事件がいくつもありました。平成2年に当時の厚生省が統計を取り始めたころ、全国の児童相談所が把握する子ども虐待は1年間に1000件程度でしたが、今では4万件を優に超え、5万件に迫る勢いになっています。また、最近警察庁が発表した統計によりますと、昨年中は33人の子どもたちが虐待によって亡くなりました。

 子どもを虐待から守る法律としては、まず児童福祉法と、児童虐待の防止等に関する法律が挙げられます。例えば、子どもを虐待から救う要となっている児童相談所の組織や権限、虐待を見つけた方に児童相談所などへの連絡をお願いする通告制度、虐待を受けた子どもを一時的に親から引き離す一時保護制度、より長い期間、子どもを親から引き離して、里親や児童養護施設に預ける措置など、子どもを実際に保護する制度は、ひととおり児童福祉法や児童虐待防止法に定められています。
 一方、先月なかばに法務大臣の諮問機関であります法制審議会では、新しく親権を一時的に停止する制度、親権停止制度を設けることなどを盛り込んだ民法改正要綱を取りまとめました。児童福祉法や児童虐待防止法で子どもを守る仕組みは整えられているのに、なぜ民法を改正して、親権を停止する制度を設けなければならないのでしょうか。
 その問いに答えるには、まず親権とは何かというお話から始めなければなりません。親権は、民法では、子どもを育てる権利であって義務でもあると定められています。「子育て」の内容はとても幅が広くて、日常の子育てはもちろん含まれますが、それ以外にも、例えば、子どもが病気になったとき親は子どもの治療について同意権をもっていますが、これも親権の一部だと考えられています。
 実は、児童福祉法などの法律は、子どもを保護することは定めていても、親権を制限するという規定を置いていません。つまり、親からひどい虐待を受けて子どもが施設などに保護されても、親はなお親権を持ち続けるという構造になっているのです。
 その結果、具体的には次のような問題が起こってきます。ひどい虐待を受けて子どもが児童養護施設に入ってきました。子どもはそのケガを治療するため手術をしなければならないとします。ところが、施設の職員が子どもを病院に連れて行きますと、病院からは「手術は親権者、つまり親の同意がなければできません」と言われてしまいます。確かに、親は親権をそのまま持っていますので、どうしようもありません。
 そのほかにも、施設に入っている子どもについて、親が親権を盾にさまざまなかたちで妨害することがあります。子どもを毎日毎日殴ったり蹴ったりしていたのに、子どもの進学について事細かに口出しをしたり、子どもに満足な食事すら与えなかったのに、施設に対し子どもに食べさせるものについてあれこれ口出しをしたりしまして、施設は、その都度、親権に振り回されるのです。
 また、別の場面でも次のような問題が起こります。ひどい虐待を受けて子どもは施設に入りましたが、親元に帰れないまま成長し、施設から自立をしなければならなくなりました。自立をするためにはアパートも借りなければなりませんし、携帯電話のひとつも契約しなければなりません。民法では、未成年の子どもが契約をする場合、原則として親権者の同意が必要だということになっています。しかし、今さら親に頼んで、はたして同意してくれるでしょうか。ひどい場合は、親に連絡をとると、それをきっかけに親が子どもにお金を無心しにくるというようなケースすら報告されているのです。
 このような問題を解決する方法としては、虐待をする親の親権を制限して、誰か代わりに親権を行ってくれる人を見つけるということが考えられます。ところが、これまで親の親権を制限するということは、非常に困難でした。民法は、古くから親権喪失宣告制度という制度を用意していますが、これはとても使いにくい制度だと言われてきました。親権喪失は、親権を半永久的に奪ってしまうという強力な効果がありますが、その反面、ハードルが高いと言われてきました。また、仮に親権を喪失させますと、代わりに親権を行ってくれる人、未成年後見人を選ぶ必要がありますが、その未成年後見人の引き受け手がなかなかいないことも指摘されていました。
 そこで、今回の法制審議会の要綱では、親権喪失のほかに、親権停止という制度を新しく設けるよう提言しました。親権停止は最大2年間、親権を止めることができます。最大2年間という期限付きにした代わりに、ハードルを下げ、使いやすくしました。
 親権を停止している間は未成年後見人を選任しますが、未成年後見人についても改正を提言しています。これまで未成年後見人の引き受け手がなかなか見つからなかった理由は、たったひとりでしか後見人になることができず、負担が大きいという点にありました。この点、要綱では、何人かで一緒に後見人になることも認めますし、法人が後見人になることも認めました。そうしますと、例えば、弁護士や社会福祉士などの専門家が受け皿となる法人をつくって、そこで未成年後見人を引き受けることも可能となります。今と比べまして、未成年後見人の引き受け手が増えるものと期待できます。
 この法改正が成立しますと、親は一時的にせよ親権を行使できなくなりますので、子どもが施設に入所している間に発生する親権に関するトラブルは避けることができます。つまり、子どもを安定して保護することが可能となるのです。一方、親権停止は2年間に限られますので、親権を止められた親の方も、親権喪失に比べて、何とか自分自身を改善して2年後には子どもを引き取れるように頑張ろうという思いを持ちやすくなります。
 現在、国会情勢が混迷していますけれども、何とか子どもたちを救うための法律は早期に成立してほしいと願っています。
 ところで、今回の要綱取りまとめにおいても議論されましたが、今後、いっそうの議論が必要だと思われるのが、懲戒権規定の改正です。
 今の民法には、「親権を行う者は、必要な範囲内で自らその子を懲戒することができる」という規定、懲戒権規定があります。懲戒という言葉の響きを、どうお感じになったでしょうか。実際には、子どもを叱るときに、こんな規定を頼りに叱っている親などいませんし、子どもも民法の懲戒権規定があるから親の言うことを聞こうなどとは思っていません。そういう意味で、懲戒権の規定は実際の親子関係には何の役にも立っていないのです。では、どう使われるかと言いますと、虐待の弁解に使われるのです。
 今回の要綱では、懲戒権の規定の一部を改めましたが、全部削除までは踏み込めませんでした。さまざまな意見があり得るというのがその理由でしたが、これを機に、親子関係と法律について、いっそう議論が深まることを期待しています。