「本気というのは意思表示なんですよ。表情、言葉、目。これを親は見逃してはいけない」
息子の本気を感じた豊は再びサッカーの道に進む俊幸をサポートした。周囲からは「せっかく本人が野球を始めたのにもったいない」という声も出た。しかし、豊はこう反論する。
「確かに息子が野球をやれば、自分のテリトリーの中に置ける安心感はあったでしょうね。でもそれは単なる親のエゴ。自分の好きなことを、得意な分野で伸ばしてあげたほうがいいでしょ。そのほうが『好きこそものの上手なれ』で努力をしますよね」
子供は親の所有物ではなく、人格を持った一人の人間である。だが、幼なければ幼いほど、精神的に親の支配下に置かれやすい。
「選択肢を親が決める人生ほどつまらない人生はない。だから決定権はすべて子供たちに与えた。自分で責任と決定を下す意思を持てるようにしないといけない。親が決めると、子供の芽を摘んでいくことになると思う」
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「俺が子供たちをプロにしたかったわけではないし、決して強制はしなかった。ただ、夢はずっと聞いてきた。今何になりたいのか、そのためには何をすべきかを、常に投げかけていきました。疑問をぶつけると、子供は言い訳をするんです。例えば『自分だけマークがついている』と言えば『それくらいかわせなかったら、プロではとても無理だ』って返す。言い訳には必ず腰を折って来た。ただ、逃げ道は作るよ。人間って高い目標を持っていると、要求を出してもそれに応えようとする。そこが逃げ道なんです。結局、逃げ道はサボることではなく、進んでいくこと」
『否定』と『折る』、『逃げ道』と『甘やかし』は全く意味合いが違う。否定と甘やかしは安易で発展性がない。しかし、折ると逃げ道は考える余地を与える細かい作業なだけに難しいし、それ以上に発展性がある。