Q8 嫌いな言葉は?
「アーティスト。自分が言われるのも嫌だし、口にするのも嫌い。いま日本で使われてたり、メディアが言ってるアーティストは、本来の意味じゃないですからね」
Q13 座右の銘は?
「これも年齢によって変わるんだけど、今好きなのは「心だに誠の道にかなひなば 祈らずとても神や守らん」という菅原道真の歌ですね。昔は「運命をあざ笑うものが幸運を手に入れるだろう」というイギリスの政治家(ベンジャミン・ディストレイ)のセリフが好きでした。格言の類が大好きなので」
Q16 好きな歌舞伎の演目があれば、教えてください。
「歌舞伎はほとんど見ないんだけど、ひとつ挙げるとしたら、『仮名手本忠臣蔵』。特に五段目以降かな。歌舞伎よりも人形浄瑠璃、文楽が好きなんでね」
Q30 ライブで演奏していて楽しい曲は?
「自分の曲を楽しんで演奏したことなんて、一度もないですね。人に聴かせるものだから、自分が楽しんでちゃいけないので。しかも僕はバンマスだから、ずっと後ろのことを気にしてるんですよ。あいつ、ちゃんと段取り通りやってるかな? って」
Q40 音楽を志す若者へのひと言。
「プロになりたいんだったら、契約概念を把握しておくこと。金の話を避けて通ると、あとで必ず、大変なことになりますから。音楽的なことで言えば、自分がやりたいことをどれだけ貫徹できるか、ですね」
Q41 何十年も聴き継がれる名曲と、数ヵ月で消費される曲の違いは?
「運、不運でしょう。いい曲であっても、歴史のなかに埋もれているものはいくらでもあるし。恣意的なものなんですよ、スタンダードと言っても。『クリスマス・イブ』だって、JR東海のCMがなければ、“『MELODIES』のなかの1曲”だったんだから。そんなもんですよ」
Q42 制作に行き詰ったとき、どうしますか?
「酒飲んで寝ますね」
Q46 アルバムを作っていて「これでOK!」と判断するポイントは?
「こっちが聞きたいよ(笑)。僕はとにかく、最後の1分、1秒まであがく人間なので。OKなんか出したことないですよ。“ここで時間です”と言われて、諦めるだけで」
Q47 曲作りのヒントを得るために、意識的にやってることはありますか?
「なるべくたくさんの異業種の人と接する。映画とか本とかは当たり前のことなんだけど、自分が知らない世界で働いている人たちの話がいちばん新鮮なんですよね。“OLが男と別れた”という話のほうが、有名人の恋愛沙汰なんかよりもよっぽど歌になるので」
Q49 音楽家として、やり残していることはありますか?
「数限りなくありますよ。僕は因果な性格でね、アルバムを作り終わったときは強烈な自己嫌悪に陥るんです。20代、30代のときなんて、“何てモノを作っちゃったんだ。これで俺の音楽人生は終わりだ”と思ってましたから。でも、次に作るときは、前のほうが良く聴こえるっていう。この年齢になると前向きな諦観がありますから、そこまで落ち込むことはないですけどね。でも、1年くらいは聴かないかな」
Q51 おすすめの戦前の日本映画は?
「山中貞雄の『人情紙風船』。これは人生の1本ですね。この映画が作られた昭和12年に赤紙が来て、13年に中国戦線で赤痢で死んじゃうんです。もし生きていたら、小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男らと並ぶ大監督になったでしょうね」
Q61 音楽を生業にして良かったと思うこと、「これはちょっと…」と思うことは??
「音楽は嘘をつきませんから、人間と付き合っているよりもずっといいですよ。ただ、こういう商売をやってると、他人から“芸能人”と思われることがあって、そのことは“これはちょっと…”ですね。僕は自分では社会性、常識を持っていると思ってるんですけど、“やっぱり芸能人だから”って言われることもあるし」
Q64 なるべくいい音で音楽を聴きたいという人に対して、まず、どこから手をつければいい?
「デジタルは金をかければかけるほどいい音になるんですよ、悲しいことに。アナログはそうじゃないんですけどね。結論としては、お金を貯めて、いいものを買ってくださいということですね。“コスパが良くて、いい音”ってデジタルではありえないので」
Q67 「若いころは生身の人間を歌うのが嫌いだった」ということですが、その理由は?
「まず、もともと人間が嫌いということですね。僕がバンドを作ったのは’70年代ですが、ちょうど四畳半フォークが全盛で、そういうチンケな人間関係の歌が嫌いだったんです。僕がやっているのは完全に洋楽志向であって、要は英語のメロディなんですよね。当然、そこに乗せる言葉の選び方が重要になるんですが、あまり言葉に意味を持たせると、音の色彩感が阻害される。だから人間のことよりも、季節や自然のことを歌うようになったっていう。僕の歌詞のテーマを大きく言うと、都市生活者の孤独、疎外。でも、都会にも雨は降るし、風は吹く。そういうことに興味があったんですよね」
「ただ、58歳にもなると、人の生き死についても、否応なしに体験することになる。するとどうしても、人の心だったり、生きること、生きていくことに着眼するようになってくるんですよね」
Q68 震災後、曲作りにはどんな変化がありましたか?
「うーん、どう答えたらいいのか…。まず、36年もやってきたことは、そう簡単に変えられないんですよね。短期的には変わりますよ。たとえば今回のアルバムでも、“ネガティブな歌は入れないほうがいい”と思って、入れる曲を変えたりしたし。ただ、長期的には変わらないと思います。変わるのは世の中のほうだから、自分がやっている音楽技法がこのまま同じように受け入れられるのか? という問題はありますけどね」
Q69 デジタル録音の利点、難しさとは?
「アナログは磁気ですから、録音した瞬間から劣化が始まり、音が変わっていきます。でもデジタルは経年変化がないから、そこは便利ですよね。難しさとしては、ダイナミックレンジが向上したことによって、歪みが生じないということ。歪みってじつは重要で、それが音のエネルギーにつながってるんです。デジタルだと何でも優しくなっちゃう。繊細な音楽をやるんだったらいいけど、僕らみたいな音楽の場合、何て言うか、ガッツがなくなっちゃうんですよね。それをどう克服するか? ですよね」
Q70 音楽が担う役割は今後、どう変化していくと思われますか?
「パッケージが衰退して、商品としての音楽の存続基盤が崩壊しつつありますよね。Youtubeやニコ動で見られるわけだから、若い子は音楽にお金を払わない。それは当たり前だと思うんですよ、僕だってそうするだろうし。この状況が進んでいくと、レコードが発売される以前の状態に戻るんじゃないですか? 音楽でお金を稼ぐには、実演しかないという。昔のダンスパーティーとか、生演奏で踊るっていうことが盛んになってくるかもしれない。そういう意味では、ダンスと音楽が不可分になっている現状は、当然の結果でしょうね。まぁ、もう少し見ていかないと、最終的な結論はわかりませんが」
Q72 今年もツアーが開催されます。ここ数年、ライブへのモチベーションが高まってる理由は?
「音楽業界がこういう状態だから、だったらライブかなっていう。モチベーションというよりも、“この先、自分は何をやっていくべきか”を考えた結果ですね。一昨年は50本、去年は“35周年だから35本”っていうくだらないことを考えたんだけど、結局40本やって。今年は80年代くらいの規模にまで戻る予定です。もともとライブで始まった人間だから、そこに戻るということですね。少なくとも還暦までは毎年やるつもりです」
Q75 AKB48についてどう思いますか?
「僕の人生に必要ありません。向こうも同じだろうけど(笑)」
Q76 東京の好きなところは?
「好きなところ、あるのかな…。生まれたところだから、しょうがないですよ」
Q77 東京の嫌いなところは?
「アジアの都市の特徴ですが、スクラップ・アンド・ビルドが激しすぎる。しょうがないんですけどね、紙と木の文化だから。それにしても無計画ですよね。だから、『俺の空』(『Ray Of Hope』収録。無計画な都市政策への批判を込めた歌詞のファンク・チューン)という曲が出来た」
Q78 好きなテレビ番組は?
「日本の話芸」
Q91 父親としての山下達郎は、どんな人物ですか?
「ウチの娘が中学のとき、学校で“両親について、ひとこと書く”っていうのがあって。そのとき娘が書いたのが“ウザイけど、ときどき使える”っていう(笑)。これ、なかなか名言だと思いますよ」
Q93 達郎さんにとって、粋とは?
「難しいなあ…。粋とは、我慢でしょ。見栄と我慢」
Q94 達郎さんと同世代の人に向けてメッセージをお願いします。
「ベタですけど、“大変な時代になりましたが、お互いがんばりましょう”ということですね」
Q95 では、下の世代の人に向けてひとこと。
「ジジイの御託には耳を貸すな」
Q97 気の合う男性のタイプは?
「謙虚な教養人、かな」
Q99 ぴあ休刊にひとことお願いします。
「お世話になりました。30年、定期購読してたんですよ。無声映画鑑賞会の情報なんて、ぴあじゃないとわからなかったし。役割は大きいと思いますよ。ただ、“ぴあテン”“もあテン”には残念ながら、1回も入ることがなかったですね。ニーズが違うんでしょうね、きっと。これ、書いておいてくださいよ」
Q100 最近、いちばん笑ったことは?
「春風亭柳昇師匠のCD4枚組『にっかん飛切落語会 特撰 春風亭柳昇』」